3人の恩師

演劇の世界に飛び込んで、私は3人の先生に恵まれました。

アメリカ最大の演技教師と言われたリー・ストラスバーグ、帰国して少し経った頃に演出助手をさせていただいた演出家関矢幸雄氏、そしてマリヴォーの研究者であり翻訳者である佐藤実枝先生です。この3人の先生との出会いがあって、今の自分があると思っています。

 

関矢先生は当時、すでに伝説的な舞台をいくつも演出していましたが、演出のノウハウなどを教わった記憶はありません。助手をやりはじめた頃、先生が何気なく語る「作品に感動しなければ演出はできないよ」とか「頭で演出する演出家が多いね」などという言葉が私のなかに深く残っていきました。

 

人間魚雷という凄まじい特攻隊の生き残りと聞きましたが、作品づくりはまさに命がけで鬼気迫るものがありました。スペクタクル的な要素を一切排除し、「遊び」の哲学から生み出された、観客の想像力に訴える舞台世界からは並々ならない何かが客席に伝わり、観客は否応なく魂の底から揺さぶられるのでした。

 

自分には真似のしようもないすごい演出家に出会い、さて自分はこれからどう作品づくりしていこうか・・・「とにかく数多く演出することだ」という先生の言葉もあって、自分自身の活動を開始することにしたのです。関矢先生は1991年紫綬褒章を受けられ、90才にして未だ作品づくりを手がけられています。

マリヴォーに出会ったのは、それから5,6年経ってのことです。

早稲田の佐藤実枝先生の研究室で、マリヴォーをやりたいと言うと「そう、あなた本当にやるの?」とボソッと言われたことを思い出します。

マリヴォーを手掛けようなんて、あなた本気で言っているの? そんな意味合いだったのかしら・・・と、今になってそう思ったりします。

 

それから20数年、2015年にマリヴォー・シリーズ最後の公演が終わり、佐藤先生のこれまでの講演や解説などの原稿をまとめる話が具体的になって、散在していた原稿をまとめる作業がはじまりました。

微力ながら私もその作業を手伝っておりましたが、ようやくこの5月に「マリヴォー劇関係の講演・解説その他」と題して、劇団櫻花舎(咲良舎)上演のチラシやパンフレットと一緒に早稲田演劇博物館に収めることができました。

 

佐藤先生の原稿に目を通して思い返したのですが、当初、マリヴォーが「シチュエーションの作家」だと言われることにとても興味があって、私がマリヴォーに惹きつけられた理由の一つでもあったのです。

 

モリエールはケチンボや臆病など人物の〈性格〉が生み出す喜劇を書きましたが、マリヴォーはアンチ・モリエールの立場をとって〈性格〉ではなく〈シチュエーション〉によって生み出された人物の喜劇を書いたのです。登場人物の名前が記号化されていたり、善人も悪人もいないのもマリヴォーの面白さです。

 

「メソード演技」では、与えられたシチュエーションのなかで自分(登場人物)が何をどう考えてどう行動するか、どう心が動くのか・・・インプロヴィゼーション(即興)によって探っていきます。演じながら分析作業を繰り返すうちに、心の動きや行動が明確になっていき、演技の方向性が具体的になっていきます。

 

俳優は時として役の人物を、心のどこかでいい人悪い人など根拠のない解釈をしていることがあって、その結果、演技がパターン化してしまうことがよくあります。

しかし、人の心は一瞬にしていい人にも悪い人にも変わりうるもので、与えられたシチュエーションのなかで、つまり何か事件が起こることで、一人の人間の心のなかにさまざまな「顔」が生まれていきます。その現実に思い至らなければ、本当の人間ドラマに迫ることはできないのです。

 

ストラスバーグがクラスで「人はみんな日常で演技している。成績のいい営業マンはなかなかの役者だ。だが政治家が何より一番の役者だ」と言って、私たちを笑わせてくれた事があります。マリヴォーの登場人物がそれぞれ互いに本心を隠して相手の本心を探り合う姿は、まさしく私たちの日常のなかでよく起こっていること。そして相手や状況が変われば、声の調子も態度も変わります。

それこそがリアリティだし、そこに的を当ててブラックに笑うマリヴォーは実に現代的だと思うのです。

 

こうして私のなかで「マリヴォーの世界」と「メソード演技」が自然に結びつき、その上、「身体表現への課題」を抱えることの楽しみもあったのです。

何と言っても「メソード演技」はワフタンゴフの影響を非常に受けているし、ワフタンゴフの最後の作品、身体表現に優れたイタリアのコンメディア・デ・ラルテの即興劇「トゥーランドット姫」は、悪しきナチュラリズムと戦っていたスタニスラフスキーを感動させたのですから。

 

そして私が抱えていた身体表現の課題は、舞踊家として数々の賞を受賞した経歴をもつ関矢幸雄氏から与えてもらった、いろいろな遊び(PLAY)の体験のなかにヒントがたくさんあるように思うのです。

 

それにしても3人の恩師は全身全霊で妥協なく仕事をしていました。そこに共通したものを感じます。それにしても恐かったなぁ〜! ほんとうに恐かった〜!!!

 

そして心から感謝しています。ありがとうございました!!

 

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