ストラスバーグがクラスに入ってくると、ザワザワしていた教室内はスウッと静まりました。客電がおちて、これからはじまるその日のシーンワークにクラス全員が集中しはじめます。劇場の開幕のときでさえ味わえないようなワクワクさと緊張感があって私たちは本当に幸せでした。そこには演ずる役者たちと指導するストラスバーグに対するリスペクトがありました。
シーンワークは舞台上に自分たちが用意した小道具がセットされ、衣裳つきでスタンバイして、準備が整うと客電が落ち、舞台に照明が入ったなかで演じられました。
12週間で実際にストラスバーグのシーンワークの指導を受けられるのは2,3回ほど。必ず相手役と二人でやりますが、10分程度の場面をいろいろな作品から自分たちで選択。誰と何のシーンをやるのかブッキングしたうえで、その日のためにパートナーと本読みを重ね、話し合い、何度も即興を繰り返します。即興を通しながら場面をつくっていきます。当日はその延長ですから、何をどうするかなどパートナーとの細かい打ち合わせはありません。
「いつまでも君たちについていられないからね」時にストラスバーグはお茶目な表情でこう言ったりしました。私たちは主体性のある自立した俳優になるべく訓練されたのです。消極的な受身の役者にはクリエーターとして自発的に想像力を働かせ、行動していく力は育っていきません。即興(インプロヴィゼーション)の勉強には俳優の主体性が不可欠なのです。
セリフを暗記することなく、舞台上の状況のただ中で役の人物としてそこで起こっていることに集中していくやり方で、まず自分のなすべきことを考える力がなければ想像力も行動力も働いていきません。
「主体性」について調べてみました。
主体性とは「何をやるかが決まっていない状況で、自分で考えて、判断し自らの責任で行動すること。場合によっては、今までやってきたことが効果的でないからやめると判断することもできる」など具体的にいろいろ書かれていました。
また「自主性」については、「やるべき事がはっきりしていて、人に言われなくても率先してやること」だそうで、日本の企業では自主性を育てることに注力してしまっているそうです。そうすると自分で物事を考える習慣がつかない、反射的に行動してしまいがちになるとか。
やるべきことを明確にして、自分で考え、行動する主体性がある人の場合、その過程で決断力、判断力、想像力、行動力など、あらゆる能力が育まれる──。
インプロヴィゼーションで俳優に求められるこういった主体性によって、意志による行動が生み出され、セリフが言い切られるようになり、そこに生まれる演技は大きく変わっていきます。相手役に影響を及ぼし、観客に伝わっていくものが明確になっていきます。
稽古のたびに何も演技していない状態からはじめます。自分がどこにいて、なぜここにいるのか・・・など、考える力が必要です。シンプルに自分に問いかけることから、今、自分がどういう状況に立たされているかが明瞭になっていき、内面が動きだし行動に結びついていきます。実際にやってみなければ何がどう〈ひらめく〉か、本人にも分かりません。ですから、必ず稽古で集中しながらやらなければ意味がありません。
こうして、あらかじめ頭の中に仕込んだものをなぞる演技とは全く質の違う演技が生まれます。
ストラスバーグのシーンワークのクラスでは、時として思いがけなくプロの俳優たちより新鮮で素晴らしい演技がみられることがありました。それはこうしたインプロヴィゼーションによってその瞬間生み出されたものだからです。
そんな時こそが冒頭に書いたように、その場に居合わせた私たちの最高に幸せなときだったのです。
「メソード演技」が目指しているのは、このスキルを身につけることなのです。